一年に一度の日・・・毎日がそうなのだけれども、特に毎年楽しみにしているのが小学校の時からの友人との釣り。毎年お盆前後にキカクしている【勝負】の日が本当に楽しみで。シーズン半ばでありながらそれはそのシーズンの総決算みたいな日なのであります。
何故釣りをこんなにまで夢中でするのか?それは、父親(釣りバカではなかったですが)や釣りキチ三平の影響、そして小学校の時に鮒を釣らせてくれた小学生のくせに大人びたこの友人の影響が強いのです。
彼の親父さんもヤマベの名手だそうで、さすがその血を引いているせいか兎に角巧いのです。自分はかなり努力をしないと何事もこなせないタイプですが、小学生の時に見た彼の竿さばきは圧巻で一緒に釣りに出かけても他の友人とは違うオ−ラを感じたものです。
その一年に一度の【勝負】は昨年の6月、いつもは地元に帰省した際に行っていたのですが、たまにはこちらが出張してと言う事になり片道2時間半のドライブで目的地に向かいます。道中雲行きも怪しく心配でしたが案の定、夜に久々の酒を一緒に飲んでいる最中に外は大雨・・・そして翌朝、釣り場へ向かうも川は結構な勢いの増水状態で釣りは諦めるしかなかったのです。仕方なく地元に戻る事にして【勝負】は次の機会にすることにし、友人と別れました。
昨夜の雨が嘘のようで空は気持ちの良い青空です。峠を超え馴染みのある川を覗くとそこには、雨上がりとは思えないほどの綺麗な水が流れていて、時間もある事だし竿を一振りする事にしました。何度も通ったこの川ですが今まで入った事のない流域に挑戦するつもりで、数年前に国土地理院の地図を片手に調べたポイントを目指します。川が大きく蛇行してその先には大きな溜まりがあり、しかも小さな沢が流れ込んでその手前には柳の大きな倒木が川から顔をだしている絶好のポイント。
今までの経験上良い釣りが出来る時は何となく感が働くもので、この時もそうでした。完成したばかりの6cmシンキングミノーを、その柳の手前に落としこみ軽くトゥイッチ、次の瞬間には5.6ftのウルトラライトが満月を描き、ドラグは鳴りっぱなしでこれは絶対ニジマスだと思い慎重にやり取りした末にランディングしたのは、50cmを僅かに切る位でしかし幅・体高の見事な
アメマス。

銀色に輝く美しいボディーはこれは多分海から上がってきたのかな?と思わせるものですが、よく言われる様な白点が大きなものではなく、逆に小さく見えるのです。この川、今や魚は海と自由に行き来できるようになったのですが、降海したようには思えない背中の紋様でもあるし、でもこの川で今まで釣った岩魚・雨鱒のようにスマートではなく太く、何度か同サイズを釣った事のある正真正銘の海アメの様なプロポーション。
Nikon F2にAi-s 28mmf2.8のレンズで写真を撮りながら、この口を尖らせ無骨な顔をした魚は果たしてどんな生活史を送っているのかと想像し益々、【岩魚】なのか【雨鱒】なのか分らなくなってしまったのです。

上の写真はその1か月後に天下の大河川の支流、海から100km位で途中に遡上を妨げるもののないポイントで釣った魚です。これは多分降海した雨鱒かなと思われます。白点も大きく何より背中の紋様がイカニもといった個体でした。
一説に寄ると、降海したかどうかよりもその生息環境に寄って白点の大きさは変わるのだそうです。広い場所で育った個体は白点が小さく、広い場所で育った個体は白点が大きくなる傾向にあると。なるほど、過去に撮った写真を眺めてみるとそんな様な気がします。岩魚って何かミステリアスな雰囲気持っているような気がしませんか?虹鱒が陽なら岩魚は陰、どこか原始的な風貌も好きなのです。
嬉しいのは、こんな人里近くで逞しい
イワナ族に出会えること。弱肉強食の世界を生き抜き、人間社会に生息場所を奪われても尚且つ逞しく決して良いとは言えない環境で育ったこの魚達には、心から敬意を示さなければならない気がするのです。
この日は残念ながら【勝負】は出来なかったのですが、もし小学生の時に彼に出会ってなければこの素晴らしい一日はなかったでしょうね。
感謝。
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