やれやれと、やっと車まで戻った。しかし何かここに到着した時と雰囲気が違うのだ。ここに今朝着いたのは、午前7時で今はもう昼を廻っている。太陽の位置も変われば、当然気温も上っているのだ。しかし、そんなことではないのだ。すぐ傍を流れる薮越しの渓流の音が今は違っている。
朝は川に向って右手に位置する発電所の放水路から、どどどぉと激しい流れの音が聞こえていたが今は左耳から本来の流れから夏の渓流の響きが聞こえる。そして時折右の放水路のほうから、バシャリと何かが跳ねるような気がした。
先程の濁りはきっと更に上流で放水が始まったのだろう、だからきっと干涸びた河原に残された枯れ葉などが流れて来たに違いないと、再び薮の向こうの流れを見に行く。朝一にルアーの泳ぎのチェックをした比較的緩やかな流れに勢いがついている。しかしその下流、つまり放水路と本流の出合いの流れがすっかり変わっているのだ。再びバシャリバシャリと何かの気配が放水路から漂って来るので、恐る恐る見に行くと一斉にユグイの稚魚達が散った。そして目に飛び込んで来たのはすっかり流れが細くなってその姿をさらけだした放水路の底。その姿はコンクリートが敷き詰められている訳ではなく、ごく普通の川底の様。しかし違ったのだ。そこには一番初めの写真にあるように累々とサクラマス達が、弱々しく息をしている姿が。時折聞こえたバシャリはサクラマス達が必死に跳ねて水を求める音だったのだ。
『はいるな』と書かれた放水路に立ち入ってみる。10m先までに一体どれくらいのサクラマスがいるのだろう。推測されるのは、この更に上流にあるダムの放水がなくなり本来居るべきはずであった放水路と本流の出合いに出来た溜まりが浅くなり、サクラマス達が放水路に入ってしまったのではないのだろうか。朝にそこを渡った時には膝下位の水深だった。放水路への放水がいきなりなくなりきっと取り残されてしまったのだろう。
まだ息のあるサクラマスをネットで掬い、手で掴み本流へ還す。大きな60cmを軽く超すサイズの雄のサクラマス。すっかり痩せてしまったサクラマス。よくよく見ると婚姻色の下に薄らとパーマークが見える尺越えのヤマメ。そんな個体は幻かと思っていたがやはりいるものだ。そして50cmのニジマスも岩陰に尻尾だけ出して潜んでいた。どれもやっと生きている感じがする。水面から出てしまっていた身体の一部が既でに乾燥しているものさえもいる。
細い流れには、小さなヤマメがサクラマスを思いやる様に寄り添っている。普段見かける事のないカジカも沢山いたし、ユグイ殿もいる。そして驚いたのはこれだった。

婚姻色を纏ったイワナ数匹。この川では産卵の準備が始まっているらしい。はっきりと午前中に釣った物とは体色や斑点の大きさが違っているし、顔が厳つい。これはイワナだ。

尺半ばといったサイズでこの顔。体色が独特の色彩を放っている。

そして顔の水中写真しか撮れなかったのが悔やまれる、50cm越えのまさしく大イワナ様。写真ではよく分からないかもしれないが、白斑点が細かく敷き詰められた素晴らしい個体だった。面白かったのはイワナはよく言われる様に、身体の形を生かして蛇のように岩の間をすり抜けて行く、まさにそんな動きで数枚の写真撮影の後にどこかへ消えて行った。
よもやこんな光景を見るとは思わなかった今回の釣行。ひょっとしたら自分が知らないだけで当たり前の光景なのかもしれない。非常にがっかりしてしまった。まるで環境に配慮されていないこの現実は世界遺産を抱えているここ北海道の話。遺産は権威で我々が身近に触れる事のできるこの自然は何なのだろう?せめて産卵期だけでももう少し考えてあげて欲しい。当然発電所の恩恵にあやかって人間は生活しているのだけども、何か考えなければね。

貴女。もしも安心して子供を産める病院がなかったらどうします?育てる家がなかったら?
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